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令和6年度 鑑賞支援サービス 地域スモールモデル構築事業

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劇場に2

「鑑賞支援サービス 地域スモールモデル構築事業」とは、地方ごとの異なる事情や状況に応じて、障害のある人たちも鑑賞できるように支援するサービスを、地域の人材と一緒につくりあげる事業です。このプログラムでは、知識や技術を共有し、地域ならではの特性を活かしたスモールモデルの構築を目指します。

今年度は、継続的に支援体制を強化してきたいわき芸術文化交流館アリオス(福島県いわき市)および荘銀タクト鶴岡|鶴岡市文化会館(山形県鶴岡市)の2劇場に加え、新たに連携を開始したあきた芸術劇場ミルハス(秋田県秋田市)、さくらホールfeat.ツガワ|北上市文化交流センター(岩手県北上市)、広島県府中市のジーベックホール|府中市文化センターの3劇場を対象として、地域に根差した取り組みを実施しました。

それぞれの地域が持つ独自の文化的背景や課題に向き合いながら、障害のある人たちがより多様なカタチで文化芸術を享受できる環境づくりに取り組むと同時に、地域内外の実演団体や福祉団体との連携を深めることで、持続可能な鑑賞支援モデルの構築を目指しました。本報告書では、各劇場での具体的な取り組み事例を通して、事業の成果と課題、さらなる可能性についてお伝えします。

事業実施にあたっての特記事項

  • 劇場で予定されている事業に、障害のある人たちも参加できる鑑賞支援サービスを付加。
  • 本事業が負担する費用は鑑賞支援サービス部分(育成支援を含む)のみ。それ以外の公演にかかる費用については劇場側の事業予算で実施。
  • 鑑賞支援サービスとは、字幕や音声ガイドといった「鑑賞時の想像支援サービス」にとどまらず、「情報や場所に到達するための接続・移動サービス」や「コミュニケーションサービス」を含む。

目次

5つの劇場の経験や学び、発見などを共有します
新規連携劇場の取り組みを紹介します
 あきた芸術劇場ミルハス
 さくらホールfeat.ツガワ(北上市文化交流センター)
 ジーベックホール(府中市文化センター)

継続連携劇場の取り組みを紹介します
 いわき芸術文化交流館アリオス
 荘銀タクト鶴岡(鶴岡市文化会館)

本事業を振り返って
 あきた芸術劇場ミルハス 伊藤栄子さん
 さくらホール feat.ツガワ(北上市文化交流センター) 高橋裕亮さん 千葉真弓さん
 ジーベックホール(府中市文化センター) 藤本英一郎さん
 いわき芸術文化交流館アリオス 村山晴香さん
 荘銀タクト鶴岡(鶴岡市文化会館) 伊藤玲子さん

おわりに

東北エリアにおける鑑賞支援サービスのさらなる展開を目指し、新たに2つの劇場と連携してプログラムに取り組みました。また、広島県と連携して広島県府中市のジーベックホール(府中市文化センター)を対象に「障害者鑑賞支援サービス導入事業」を実施しました。その結果、鑑賞支援サービスが単なる鑑賞のための支援に留まらず、障害のある人たちの舞台芸術への主体的な参加を促進し、さらには「障害」の概念を広く捉え直す契機となりました。

新規連携劇場
秋田県秋田市 あきた芸術劇場ミルハス
岩手県北上市 さくらホールfeat.ツガワ(北上市文化交流センター)
広島県府中市 ジーベックホール(府中市文化センター)

鑑賞支援サービス導入1年目のプロセス
8段階のプロセスに沿って事業を計画・実践しました。

フェーズ1 劇場の指針や状況を把握 -自分たちの劇場が目指していることは何だろう?
フェーズ2 障害の特性と基本的な対応について知る -障害のある人とは? 具体的な合理的配慮とは?
フェーズ3 対象事業を決める -どの事業が適切か?
フェーズ4 対象者を決めて実施計画を立てる -自分たちの劇場でできることは何だろう?
フェーズ5 情報を届ける -どんな情報を発信するか? 発信方法は?
フェーズ6 本番に向けてスキルを学ぶ -運営や技術面では、どんな準備が必要だろう?
フェーズ7 本番 -やってみる。実践からわかることとは?
フェーズ8 振り返って、次回につなげる -次に活かせる気づきや学びとは?

Schedule
2024年6月のキックオフ後から本番にかけて適宜、各担当者と電話やメール、オンラインミーティングを繰り返しながら事業を進めました。

2024年6月
●ヒアリング/劇場の現状を把握
●基礎研修/障害や鑑賞支援サービスについての知識共有
●広報研修/届ける情報や情報の届け方の工夫・・・・・・など
●ミーティング/鑑賞支援サービスの内容を考える際のポイントを確認

2024年11月
●運営研修/運営スタッフ・レセプショニストを対象に障害の特性についてや障害のある人が来場された際の対応方法をレクチャー・・・・・・など
●技術研修/技術スタッフを対象に実際に取り組む鑑賞支援サービスの技術解説・・・・・・など
●本番/さくらホールfeat.ツガワ①

2024年12月
●本番/あきた芸術劇場ミルハス、さくらホールfeat.ツガワ②、ジーベックホール
●合同振り返り会(連携劇場間の取り組み共有と交流)

2025年3月
●報告書を発行

あきた芸術劇場ミルハス

あきたミルハス

施設概要
大ホール(2007席) 中ホール(800席) 小ホールA・B
練習室(9室) 研修室(3室) 創作室(5室)

運営
あきた芸術劇場AAS共同事業体

2022年6月開館。新たな秋田の文化芸術の創造拠点として、秋田市千秋明徳町の秋田県民会館跡地に開館。高い音響性能と舞台機能を併せ持つ大ホールと、臨場感を重視した中ホールをはじめ、2つの小ホール、練習室、研修室、創作室を備えた劇場。秋田県と秋田市が共同で整備した全国でも例のない文化施設。


取り組みの成果と考察/南部充央

市民参加型の吹奏楽定期公演を連携事業の対象として選択しました。この公演の第3部「合唱とブラスのための楽曲『大いなる秋田』」では、高校生選抜バンドの演奏に合わせて300人以上が大合唱をおこなうという内容でした。そこで、鑑賞者だけではなく表現者として参加する鑑賞支援サービスの実践にも取り組みました。その結果、7人の方々がタブレット端末でのリアルタイム字幕、FM補聴システム、移動介助などのサービスを利用し、うち2人(視覚障害者1人、聴覚障害者1人)が合唱にも参加しました。聴覚障害のある参加者は手話で『大いなる秋田』を熱唱し、大きな反響を得ました。参加した2人は、劇場スタッフや地域の福祉団体の支援を受けながら実現したこの体験に大変満足し、来年もぜひ参加したいという感想を寄せてくれました。さらに、市民からは「障害のある人の支援ボランティアとして参加したい」という声も上がってきました。このことは、来年度に向けて市民サポーターの養成を検討し始める契機となりました。取り組みを通じて、市民の新しい文化的な関わりを促進し、支援体制の拡充につながる可能性を示すことができました。


あきた芸術劇場ミルハスの担当者・伊藤栄子さんと川口沙野花さんにうかがいました

状況と課題について

障害のある人が訪れる頻度はどのくらいありましたか?

貸館事業では、年に2回ほど開催されている社会福祉大会に障害のあるお客さまが来場されています。 また、コンサート公演などでは、車いすを利用されるお客さまが鑑賞に訪れています。


これまでに鑑賞支援サービスを実施したことはありましたか?

実施したことはありませんでしたが、2024年3月の朗読劇公演で、難聴のお客さまから鑑賞希望があり、FM補聴システムを使用したサポートをおこないました。なお、FM補聴システムは開館時から設置されていましたが、この時が初めての使用となりました。

鑑賞支援サービスとどの程度の関わりがありましたか?

鑑賞支援サービスとは直接の関係はありませんが、担当の伊藤は以前から手話に関心を持っていました。当劇場が開館する前、体育施設に勤務していた2016年度に全国ろうあ者体育大会の打ち合わせ時に手話通訳者がろうあ者のお客さまと楽しそうに会話される様子を見て、自身も手話でコミュニケーションを取りたいと考えるようになりました。その後、市主催の手話講座を受講し、地域の手話サークルにも所属して活動を続けていました。

今回、鑑賞支援サービスに取り組むにあたって、どんな課題がありましたか?

取り組み当初は具体的な課題が見えていませんでした。担当の伊藤が手話サークル活動を通じて福祉分野に関する知識があったため、県障害福祉課をはじめ、障害者団体や福祉関係団体に相談に行くなど、行動を起こすことができました。手探りで進めていくなかで、次のような具体的な課題が明らかになりました。

●移動介助や合唱参加を希望する障害のある人が多い場合、スタッフだけでは対応が困難になる可能性がある。
●視覚障害のある人への移動介助について、スタッフが適切な方法を学ぶ必要がある。

対象事業と対象者について

鑑賞支援サービスを実施する事業を今回の事業に決めた理由を教えてください

主催事業「第2回あきた吹奏楽の日~大いなる秋田 定期公演~」で演奏される『大いなる秋田』は、合唱と吹奏楽を織り交ぜた秋田県民の財産とも言える名曲です。4楽章で構成されており、特に第3楽章は多くの秋田県民に親しまれている秋田県民歌が入っており、幅広い年齢層の人たちにご来場いただけると考えました。また、チケット料金も「一般1,000円、高校生以下500円」
のため、初めて当劇場に来られる人にとっても参加しやすい公演になると判断しました。当初は鑑賞のみに支援サービスの提供を想定していましたが、より多くの人に参加いただけるよう、第3
部「合唱とブラスのための楽曲『大いなる秋田』」の合唱参加者を支援するサービスも実施することにしました。

今回の対象者に決めた理由も教えてください

目の見えない・見えにくい人、耳の聞こえない・聞こえにくい人を対象にしました。特に耳の聞こえない・聞こえにくい人は音楽を聴かないイメージを持たれがちですが、担当の伊藤が手話サークルで活動するなかで、聴覚障害のある人が音楽を聴いたり、コンサートを鑑賞したりすることを知り、鑑賞支援サービスをおこなえば、当劇場に来ていただけるのではないかと考えました。

あきたミルハスでの打ち合わせシーン

鑑賞支援サービスの実施にあたって検討したこと

検討事項1:耳の聞こえない・聞こえにくい人への鑑賞支援サービスの内容

当劇場で所有しているFM補聴システムによる音声補聴サービスのほか、字幕、要約筆記、手話通訳の実施について検討しました。
●耳の聞こえない・聞こえにくい人のコミュニケーション方法が一つではないことを考慮


結果
字幕タブレットと手話通訳を採用しました。手話通訳は受付案内や影アナウンス、司会者のMCで実施し、歌詞部分は字幕のみとしました。また、手話通訳の希望者には字幕タブレットを貸し出しました。

ポータブルタブレットを見る2人
検討事項2:移動介助
視覚障害のあるお客さまが合唱に参加されるため、移動介助の提供について検討しました。
●介助者同伴の有無や移動介助の希望についての確認
●介助者同伴での来場を想定していたが、介助者が付くのは送り迎えのみなので、来館されてからどこまで移動介助が必要なのかを確認

結果
移動介助の希望者は2人でしたので、スタッフ数は充足していましたが、1人の参加者に対して1人のスタッフが移動介助に付くため、今後利用者が増えた場合のスタッフ不足が懸念されました。公演前日の合唱練習で、移動介助のタイミングを参加者に確認し、昼食時間のみ離れ、それ以外は付き添う対応にしました。

視覚障害者を手引きする職員
検討事項3:座席
公演は全席自由席でしたが、鑑賞支援サービス利用者の特性に応じた座席エリアの設定について検討しました。
●鑑賞支援サービスが提供できる範囲と利用しやすい座席エリアの設定

結果
手話通訳の利用者は手話が見えやすい位置に優先席を設け、その他の鑑賞支援サービス利用者には、事前に希望を確認し、必要に応じて個別に座席を確保しました。

情報発信で取り組んだこと

鑑賞支援サービスが必要な人たちに情報を届けるためにどんな工夫をしましたか?

鑑賞支援サービスの周知のため、専用チラシを作成しました。サービスの内容を具体的にわかりやすく紹介し、視認性の高いデザインを心がけました。また、視覚障害のある人向けに音声コード(Uni-Voice)も掲載しました。

主に県内の福祉団体や特別支援学校を訪問してチラシを置いてもらいました。秋田県視覚障害者福祉協会や秋田県聴力障害者協会では会員向けの広報紙に掲載していただきました。特別支援学校では、公演日が冬休み期間中であったため学校単位での来場は実現できませんでしたが、広報にご協力いただきました。

広報期間が1カ月程度と限られたなかで周知が広がった要因として、当初のメールだけのやりとりから訪問による直接の説明に切り換えたことが大きかったと思います。劇場鑑賞に対する不安に寄り添いながら、鑑賞支援サービスの説明を丁寧におこないました。また、担当の伊藤が手話サークルで活動してきた経験も、カタチだけでない真摯な取り組みということを伝える一助になったと思います。

さらに、テレビや新聞といったメディアでの鑑賞支援サービスの周知に注力しました。通常のプレスリリース配信に加え、個別の電話連絡もおこなった結果、新聞社とテレビ局各1社に取材していただけました。

メディアへの情報発信は2回に分け、1回目は、特別支援学校の歩行訓練士(視覚障害生活訓練等指導者)による移動介助講習を新聞社が取材してくれました。この講習は、特別支援学校の訪問時に教職員からの提案により実現しました。当劇場スタッフが視覚障害のある人への適切な移動介助の方法について指導を受けました。2回目は、講習で学んだ内容をスタッフ同士で復習する様子をテレビ局に取材していただきました。
広報にご協力いただいた主な団体と内容は以下のとおりです。

●秋田県障害福祉課:公演概要の説明、当事者団体の連絡先紹介
●秋田県立視覚支援学校:児童、生徒へのチラシ配布、スタッフ向けの移動介助講習
●秋田県立聴覚支援学校:児童、生徒へのチラシ配布
●秋田県聴覚障害者支援センター:チラシの設置
●秋田県聴力障害者協会:チラシの設置、協会広報へのチラシ掲載
●全国手話通訳問題研究会秋田支部:会員へのチラシ配布
●秋田市手話研究会(手話サークル) :チラシの設置、配布
●秋田県視覚障害者福祉協会:協会広報へのチラシ掲載
●秋田県点字図書館:点字プログラムの作成、チラシ設置
●秋田県難聴者・中途失聴者協会:チラシデータを協会内で
共有

鑑賞支援サービスの内容

第2回あきた吹奏楽の日~大いなる秋田 定期公演~
鑑賞支援サービス対象者:耳が聞こえない・聞こえにくい人、
目が見えない・見えにくい人
日時:2024年12月27日(金)14:00
※合唱練習は12月26日(木)と27日(金)午前の2回開催
会場:大ホール
料金:全席自由。1,000 円、高校生以下500 円、小学生以下無料
主催:秋田県、秋田市、あきた芸術劇場ミルハス、秋田県吹奏楽
連盟、秋田県合唱連盟
鑑賞支援サービス:字幕、音声補聴、手話通訳、点字プログラム、移動介助

具体的な実施内容

▶合唱練習時の参加支援
視覚障害のある参加者への移動介助と、聴覚障害のある参加者への手話通訳をおこないました。

▶鑑賞支援サービス受付の設置
鑑賞支援サービス受付は、来館された時に最もわかりやすい1階の総合案内付近に設置しました。受付対応の手話通訳者を1人配置しました。

▶事前説明会の実施
視覚障害のある人が公演の様子をイメージできるように、開演前にロビーで事前説明会を実施しました。約20分かけて、舞台の特徴、楽器の配置、出演者の立ち位置など、視覚的な情報を詳しく説明しました。説明内容については、視覚障害者団体などに相談しながら台本をつくりました。

▶スタッフによる移動介助
入館後、座席までご案内しました。レクチャーを担当した歩行訓練士から「しつこいくらいに何があるのか、どんな状況なのか、たくさんの情報を提供するといいですよ」というアドバイスをいただき、実践しました。

▶情報保障サービスの実施
ホール設備のFM補聴システムを使用した音声補聴サービスでは、イヤホン付き受信機を貸し出しました。字幕サービスでは、司会者や出演者のトーク、合唱の歌詞をリアルタイムで文字表示するポータブル字幕機を提供しました。手話通訳では、歌詞以外の内容を舞台上でおこないました。また、秋田県点字図書館のご協力により、点字プログラムを作成しました。

あきた吹奏楽の日の舞台写真

鑑賞者:1200人
字幕タブレット:6台(利用者6人) FM補聴システム利用者3人
手話通訳利用者:5人 事前説明会参加者1人

本番後の気づきや学び

公演後の感想や気づきを教えてください

移動介助の際に、「司会者がマイクを通して話すと、声はスピーカーから聞こえるため、視覚障害のある人はどこを向けばいいのかがわからない。『今、こちらの方向に司会者が立って話しています』など教えてほしい」といった貴重なお話をうかがえて、よい経験になりました。このような経験は、障害のあるお客さまと過ごす時間が長かったことで生まれたコミュニケーションのおかげです。余談ですが、移動介助については、南部氏による研修と特別支援学校の歩行訓練士による講習に加えて、メディア取材のための話題づくりとして実施したスタッフ同士の復習会が結果的に反復練習となりました。その成果として、利用されたお客さまから「手引きが上手だった」との感想をいただきました。

来年度に向けての課題

取り組んだことにより、どんな課題が見えましたか?

今後の主な課題として、以下の4点があげられます。

支援範囲の基準策定
鑑賞のために必要な支援と個人的な要望との線引きが難しいと感じる場面がありました。今回は、疑問を抱いたものについても、その場の雰囲気に流されるカタチで判断して受け入れてし
まった場面もありましたが、今後は判断に迷う案件については一旦保留して、安全性や演出上の問題も含めて関係者と話し合う時間を設けたいと思います。

人員体制の整備
視覚障害のある人への移動介助について、現在の当劇場スタッフ数では2人の参加者の対応が限界でした。今回の取り組みを知った市民から、ボランティアを希望する声がありました。初めての取り組みだったため、まずは自分たちで経験したいと考え、また、受け入れ体制を整備する時間もなかったので実現しませんでした。将来的には地域ボランティアを育成していくことを検討していきたいと考えています。

地域ニーズの把握
鑑賞支援サービスを必要とする地域のお客さまと対話することも大切だと感じました。たとえば、「舞台上のスクリーンに字幕を映し出してほしい」との要望がありましたが、私たちはそれをタブレット字幕で補うことができると考えていました。しかし、タブレット字幕になじみがない人にとっては、これが新たなハードルになる可能性があることに気づきました。舞台上に字幕を表示することによって、高齢者を含むより広い層への情報保障になる可能性もあります。需要を調べながら、地域で求められる鑑賞支援サービスの在り方を考えていきたいです。

若年層の参加促進
特別支援学校の生徒など若い世代の人たちに来てもらいたいと考えていましたが、学校の冬休み期間中だったので実現しませんでした。ほかの事業にも取り組みを広げて鑑賞の機会を増やせば、学校単位や個人での参加も期待できると思います。

まとめ:私たちのなかで起きた変化

鑑賞支援サービス利用者以外にも、白杖を使用されているお客さまが付き添いの方と一緒に鑑賞される姿や、プログラムを拡大するためのルーペを用意されているお客さまを見かけました。このような光景が、今回の鑑賞支援サービスの取り組みによるものなのか、あるいは以前からお越しいただいていたのかは定かではありません。しかし、私たちの意識が変化したことで、新たに気づきを得られたのかもしれません。当劇場としては、地域のさまざまな人たちにお越しいただき、この良質な環境で文化芸術を楽しんでいただきたいと考えています。今回の取り組みは、その間口を広げる第一歩となる大きな出来事でした。

さくらホール外観

施設概要
大ホール(1310席) 中ホール(450席) 小ホール(移動席264席)
アートファクトリー21室 ・・・ほか

運営
一般財団法人北上市文化創造

2003年開館。天窓から光が降り注ぐ館内に21室のガラス張りの練習室「アートファクトリー」と共有ゾーン「さくらパーク」があり、いつでも“にぎわい”がある市民の文化広場。地域交流事業「さくら盆ジュール大会」や「ふれあいアウトリーチプログラム」などで積極的に地域と交流し、さらには芸術家とも協働し創造性あふれる地域づくりに取り組む。


取り組みの成果と考察/南部充央

耳が聞こえない・聞こえにくい人を対象としたコンサートの開催に向けて広報に取り組みましたが、障害のある人の集客で苦戦しました。広報を開始する際、地域の聴覚障害者団体やサークルに相談したところ、「聴覚障害者は音楽を聴かない」という意見が返ってきたそうです。このことは、ニーズへの不安を生みました。この意見の背景には、これまで地域で障害のある人たちの文化芸術への参加を支援する取り組みがほとんどおこなわれてこなかった現状があると考えられます。そこで、障害の概念を「障害者手帳を所有する人」から「劇場鑑賞に困難を感じる人」へ拡大し、広報活動を再構築しました。具体的には、老人性難聴の方々を新たな観客層として捉え、補聴器を取り扱う地元のメガネ店へアプローチするなどの取り組みをおこないました。その結果、耳が聞こえにくい高齢者が落語や音楽コンサートに参加する機会を得ることができました。この試みを通じて、地域で鑑賞支援サービスの可能性を広げる一歩を踏み出すことができました。


さくらホールfeat.ツガワ(北上市文化交流センター)の担当者・高橋裕亮さんと千葉真弓さんにうかがいました!

状況と課題について

障害のある人が訪れる頻度はどのくらいありましたか?

当劇場は2003年の開館当初からバリアフリー設計を採用しており、車いす席やFM補聴システムが設置されています。音声補聴システムを利用した落語や歌舞伎公演をはじめ、手話サークルと連携して舞台手話を取り入れた公演なども開催しています。車いす利用者(ストレッチャー式も含む)や視覚障害のある人、聴覚障害のある人、知的障害のある人、自閉症の人など、さまざまな障害特性のあるお客さまにご来場いただいています。

音声補聴や舞台手話などの鑑賞支援サービスに取り組み始めたきっかけは?

障害の有無に関わらず、日々出会う人たちがいて、ふと目の前にいる“この人”が「当劇場まで鑑賞に来てくれるだろうか」「来ない理由は何だろう?」と考えてきました。そこで「行きたい気持ちはあるのに来ない。“来ない”のではなく、“行けない”」と気づき、「身体や精神的な障害が理由で行けない場所になっているなら、どうしたらいいのだろう?」と現状を変えていきたいという意識を持ちました。その後、2013年に開館10周年記念の「西本智実指揮ベートーヴェン『第九』演奏会」で、市民合唱団が結成されました。参加者に妊娠中の人やお手洗いに何度も行きたくなる人などがいらっしゃり、舞台上で長時間合唱することは困難であることがわかりました。そのことを知った西本智実さんが「客席合唱を取り入れましょう」と提案され、客席合唱にすることで、車いす利用者も参加できるなど、さまざまな人たちが一緒に歌える可能性が広がり、公演が実現しました。このことがきっかけで、「公共劇場にはこういった取り組みが必要である」と考え、以降、実践を重ねてきました。

具体的な取り組みとして:
●就労継続支援B型事業所の利用者と小学生が一緒に鑑賞する機会の創出
●介助者チケット無料サービスの導入
●「みんなARTおたがいさまライブ」の開催
 ※途中退席・再入場可、段差なく入場できる小ホールでの開催、年齢制限なしなど
●就労継続支援B型事業所を題材とした演劇公演の開催

今回、鑑賞支援サービスに取り組むにあたってどんな課題がありましたか?

これまでの個別対応ではなく、支援を必要とするより多くの人に向けての取り組みへと発展させていく必要性を感じていました。

対象事業と対象者について

鑑賞支援サービスを実施する事業を今回の事業に決めた理由を教えてください

継続で実施しているバリアフリー事業「みんなARTおたがいさまライブ」の声楽公演だけを考えていました。しかし、南部氏とのミーティングや研修会を通じて、「バリアフリー公演だから鑑賞支援サービスをつけるのではなく、最終的にはどんな公演も鑑賞できるようにすることが目標である」といった考え方のヒントをもらい、再検討しました。その結果、落語公演でもおこなうことを決めました。異なるジャンルの2公演ならより幅広い人たちに鑑賞支援サービスを提供できると考えたためです。また、今回は音声補聴システムが常設されていない小ホールでも音声補聴サービスを導入できるようにしたいと考えました。

今回の対象者に決めた理由も教えてください

最初は耳が聞こえにくい人を対象とした音声補聴サービスをおこないたいと考えました。これは、高齢化が進む地域性を考慮し、老人性難聴で耳が聞こえにくい人が多くいらっしゃることを
実感していたからです。しかし、南部氏の研修で「聴覚障害のある人も、それぞれの方法で音楽を楽しまれている人はいる」ことを学び、耳が聞こえない人にも楽しんでいただくにはどうすれば
いいのかを考えるようになりました。

鑑賞支援サービス実施にあたって検討したこと

検討事項1:ヒアリングループの導入と設置
小ホールに常設の音声補聴システムがないため、仮設のヒアリ
ングループ(磁気ループ)の導入を検討しました。また、設置方
法については、床面設置の場合、車いす利用者の動線確保と来
場者の安全性について検討が必要でした。
●ヒアリングループの借用
●初導入に伴い、機器の適合性や、声楽の音声を問題なく拾うことができるのかといった技術的な検証
●高齢者や車いす利用者の動線の確保
●設置距離についてメーカーへの確認

結果
ヒアリングループ・メーカーのウェブサイトの納入実績にあった岩手県立視聴覚障がい者情報センターに相談し、無料で借用しました。事前に技術スタッフと一緒にセンターに訪問し、デモンストレーションで動作を確認しました。落語公演では後方の客席に設置しましたが、設置距離の問題から音声の低下が生じました。次の声楽公演では平土間の特性を活かし、来場者の安全性と音質の両面を考慮した最適な位置に床面設置することができました。
検討事項2:手話通訳・字幕サービスの提供
落語公演および声楽公演における手話通訳と字幕サービスの実施方法について検討しました。
●出演者から台本や歌詞の事前提供
●落語公演は、公演内容決定後に鑑賞支援サービスを検討し始めたため、時期的な制約
●声楽公演では、歌唱に合わせた歌詞表示に対する出演者の理解

結果
落語公演では、当日のお客さまの様子を見て演目を決定するため、事前の台本提供は実現できませんでした。ただし、次回公演での実施については出演者から前向きな合意を得ることができました。今回は開場前アナウンスと会場案内時のみ手話通訳を実施することにしました。声楽公演では、出演者の理解を得られ、MCの内容と歌詞の提供にご協力いただきました。開場前アナウンスと会場案内時に手話通訳を実施し、字幕サービスを提供しました。
検討事項3:鑑賞支援サービス利用者へのアンケート
終演後に対面での聞き取りについて検討しました。
●追加で質問もできる対面での聞き取りアンケートの方法

結果
受付で事前に説明をして、終演後に聞き取りをおこないました。「記入よりも楽である」という好意的な反応を得ました。収集した情報は、レセプショニストや事業全体の振り返りの場で共
有し、今後のサービス改善に活用しました。
検討事項4:鑑賞マナーシートの作成
公演の前にアウトリーチ事業で訪問する特別支援学級の生徒たちに安心して鑑賞いただけるよう、鑑賞マナーシートの作成を検討しました。
●特別支援学級の中学生にも理解しやすい内容

結果
副校長からの「最低限の内容をシンプルに伝えてください」とのアドバイスを基に、マナーシートの内容を見直し、タイトルも「鑑賞マナー」から「みる・きくマナー」に変更して、より親しみやすい表現としました。事前配布することで、当日の円滑な鑑賞につなげることができました。また、このツールは小学生や初めての来場者にも活用できる汎用性の高いものとなりました。
検討事項5:研修の実施方法
南部氏による障害の概念や考え方、鑑賞支援サービスに関する基礎研修の受講対象について検討しました。
●専門家から学べる貴重な機会の有効活用
●行政やNPO法人との知識共有

結果
この機会を地域全体での学びの場とするため、当劇場スタッフに加え、行政職員、NPO法人スタッフ、県内の劇場関係者にも参加を呼びかけました。結果として、館内外から計38人(当劇場
スタッフ20人、外部参加者18人)の参加がありました。この研修を通じて、当劇場の鑑賞支援サービスの取り組みが地域に認知され、図書館など他施設との情報交換や相談が可能な関係性
を構築することができました。

情報発信で取り組んだこと

鑑賞支援サービスが必要な人たちに情報を届けるためにどんな工夫をしましたか?

鑑賞支援サービス専用チラシを作成しました。落語公演(11月24日[日])と声楽公演(12月7日[土])の開催日が近いこと、対象者が同じであることから、2つの公演を紹介する両面チラシとしました。それによって、「どちらか一方には興味がある」「両方とも興味がある」など、さまざまなパターンが生まれ、選択肢が広がりました。また、別々に作成するより予算を抑えることができました。

最初の広報活動として、市の障がい福祉課に、岩手県立視聴覚障がい者情報センター、社会福祉協議会、聴覚障害者協会、手話サークル、要約筆記団体など聴覚障害者関連の団体を紹介してもらい、訪問、電話、メールで参加を呼びかけていきました。

しかし、「行く人はいないと思います」と言われることもあり、担当者段階で情報が止まるケースもありました。これは、担当者が落語や声楽に興味がある当事者に心当たりがなかったこと
や、「聴覚障害者は音楽を聴きに行かない」という固定観念が存在していたためと考えられます。その結果、“障害者手帳を持っている人”を対象にした広報活動では、公演直前まで申し込みや問い合わせがほとんどない状況が続きました。

公演2週間前に、広報戦略を見直しました。対象を“障害者手帳を持っている人”から“耳が聞こえない・聞こえにくい人”へと広げ、地域のつながりを活用する広報に転換しました。たとえば、補聴器の取り扱いがあるメガネ店への訪問により、店の顧客への周知協力を得るとともに、補聴器の現状や業界の情報についても知見を得ることができました。地域交流センターでは、回覧板での告知のほか、高齢者が多く参加する「100歳体操」や民生委員のイベントでの直接的な呼びかけの機会を得ることができました。公演当日は地域交流センター長も公演に足を運んでくれました。また、近隣の喫茶店の常連客への案内など、高齢者との直接対話の機会もつくることができました。

このような人と人とのつながりを重視した地道な広報活動により、老人性難聴の高齢者や劇場への来場に不安を感じる人たちに情報を届けることができました。その結果、地域の多くの人たちに興味を持っていただき、鑑賞支援サービス利用者の増加につながりました。

受付シーン

鑑賞支援サービスの内容

①落語公演「立川志の輔一門 二つ目 三人会」

鑑賞支援サービス対象者:耳が聞こえない・聞こえにくい人
日時:2024年11月24日(日)14:00
会場:小ホール
料金:全席自由。2,000円(当日2,500円)、学生1,000円
主催:さくらホールfeat.ツガワ(北上市文化交流センター)
鑑賞支援サービス:音声補聴、手話通訳

具体的な実施内容

▶情報保障サービスの実施
音声補聴サービスは、仮設のヒアリングループを使用しました。手話通訳は、手話通訳者が受付から客席までを案内し、開演前のアナウンスをおこない、上演中は会場内に常駐しました。

落語公演「立川志の輔一門 二つ目 三人会」

鑑賞者:105人
ヒアリングループ利用者:5人 手話通訳利用者0人

②声楽公演「菅家奈津子 メゾ・ソプラノコンサート」(みんなARTおたがいさまライブ事業)

鑑賞支援サービス対象者:耳が聞こえない・聞こえにくい人
日時:2024年12月7日(土)14:00
会場:小ホール
料金:全席自由。770円、ペア1,500円
主催:さくらホールfeat.ツガワ(北上市文化交流センター)
鑑賞支援サービス:字幕、音声補聴、手話通訳

具体的な実施内容

▶鑑賞マナーシート
「みる・きくマナー」の事前配布劇場での鑑賞マナーを紹介する「みる・きくマナー」シートを作成し、アウトリーチ事業で訪問した学校で公演チラシとともに配布しました。

みる・きくマナー

▶情報保障サービスの実施
出演者が話す言葉や歌詞をリアルタイムで文字表示するタブレットを貸し出しました。手話通訳は、前説や出演者のトーク内容を舞台上で通訳しました。開演前に事業担当者が鑑賞支援サービスについて説明しました。

声楽公演「菅家奈津子 メゾ・ソプラノコンサート」

鑑賞者105人
ヒアリングループ利用者2人 字幕タブレット5台(利用者8人)
手話通訳利用者0人

本番後の気づきや学び

公演後の感想や気づきを教えてください

落語公演「立川志の輔一門 二つ目 三人会」では、5人の耳の聞こえにくいお客さまにヒアリングループをご利用いただきました。レンタル機器の経年劣化により一部で雑音の指摘がありましが、利用された多くの方から好評をいただきました。特に印象的だったのは、93歳で初めて落語を鑑賞されたお客さまからの「演者の声が会場の笑い声にかき消されることなく明瞭に聞こえ、より楽しめた」というご感想でした。次回は別の演目も見てみたいと意欲を示してくださり、鑑賞支援サービスによる文化芸術の普及に大きな手応えを感じました。

声楽公演「菅家奈津子 メゾ・ソプラノコンサート」では、音声補聴システムの音質に課題がありながらも、利用されたお客さまから「普段はコンサートに行かないが、とても楽しめた」という感想をいただき、とてもうれしく思いました。また、北上市立中学校特別支援学級の生徒3人と教職員1人が鑑賞に訪れてくれました。事前に鑑賞マナーシートを配布したことが来場のきっかけになったのだと思います。開演前に字幕サービスを紹介したところ、「体験してみたい」と興味を示してくれる人たちが多く、用意していた5台では足りないという事態になりました。障害の有無に関わらず鑑賞支援サービスへの潜在的なニーズがあることがわかりました。

2公演を通して、鑑賞支援のニーズは個々人で異なることを実感しました。今後は、関係団体はもちろん、当事者からの声を聞く機会を増やしていく必要があると考えています。

今後の展望

取り組んだことにより、どんな展望が見えましたか?

当劇場では2025年度から社会共生事業のスタートを予定しており、すべての事業で鑑賞支援サービスを提供できる仕組みの構築を目指しています。その準備として、2024年度末には市との共催でグループインタビューを実施し、市民が文化芸術活動をおこなう時に、どんなことが障壁となっているのかを調査する予定です。本事業での経験を活かし、障害のある人やその周りの人へのインタビュー時には、鑑賞支援サービスについて具体的に聞き取ることが可能になったと考えています。南部氏の研修で「障害のある人を特別扱いするのではなく、誰もが文化芸術を体験できるようにする」「劇場マナーの理解促進も必要」とお話しされていたことが、特に印象に残っています。本事業の取り組みから、鑑賞支援サービスは誰のためにするのかというと、みんなのためにすることであると実感しました。今後は、鑑賞支援サービスの範囲と程度を考えながら、これまでの個別対応の経験を整理し、サービス提供に活かしていきたいと思います。

客席での接客シーン

ジーベックホール

施設概要
大ホール(1030席) 中ホール(移動席176席)
多目的ホール(移動席165席) 展示室 会議室3室 和室2室
練習室3室 リハーサル室1室

運営
株式会社賛興

1982年開館。県東部の中山間地に位置する広島県府中市(人口約35000人)唯一の公共文化施設。市民の文化の向上と福祉の増進を図るための施設として開館。地元および近隣住民の文化芸術活動の拠点として、また、地元行政、企業など幅広い団体の活動をおこなえる発信拠点として活用されている。


取り組みの成果と考察/南部充央

ジーベックホールでは、地域の障害福祉施設等が主催する事業が年間3~5回おこなわれており、劇場スタッフと地域福祉団体との連携は一定の基盤がありました。しかし、劇場自らが主催し、障害者も参加できる事業や鑑賞支援サービスの提供経験はありませんでした。今回の取り組みでは、劇場スタッフが主体となるのではなく、地域の実演団体が主導し、劇場がその活動を支援するカタチで実施しました。この方法により、地域の実演団体が鑑賞支援に関する知識や技術を学び、実践の場を得ることができました。また、地域の障害者就労支援施設などとの既存のつながりを活用し、発達・知的障害のある人たちも参加できるプログラムを検討しました。その結果、一般公演とは別にリラックスパフォーマンス公演を開催しました。リラックスパフォーマンス公演では、参加者が安心して鑑賞できる環境を整えました。今回の取り組みでは、地域連携を軸にしながら、障害のある人たちが参加しやすい環境を整備するだけでなく、地域の文化的基盤を強化する成果を得ることができました。ここでは、劇場がどう関わり、どう取り組んだのかについて、ポイントを絞ってご紹介します。


連携:広島県「障害者鑑賞支援サービス導入事業」
コーディネート:佐藤ヒロキ(広島県文化芸術事業アドバイザー)

ジーベックホール(府中市文化センター)の担当者・藤本英一郎さんにうかがいました!

状況と課題について

障害のある人が訪れる頻度はどのくらいありましたか?

地域の障害者施設・団体主催のコンサートや講演会、映画上映会といった催しが年3~5回ほど開催されていて、その時に地域の障害のある人が多くご来館されています。

これまでに鑑賞支援サービスを実施したことはありましたか?

当劇場の主催事業では、実施したことはありませんでした。この地域では、社会福祉協議会や障害者施設といった団体等の活動が活発で、当劇場をよくご利用いただいています。そのため、主催者としてではなく、各団体の事業の広報や運営を支援するスタンスを取ってきました。そのほうが利用される団体が自由に企画運営でき、集客の心配もないからです。具体的な支援例としては、障害のある人たちが関わるイベントでは、準備や片付けに時間が必要であることを考慮し、利用時間について柔軟に対応してきました。そのほか、行政等の主催事業での手話通訳や要約筆記の手配経験から、社会福祉協議会や手話・要約筆記のサークルとのつながりを構築してきました。

今回、鑑賞支援サービスに取り組むにあたってどんな課題がありましたか?

当劇場の主催事業においては、出演者をはじめ、関わる方々と一緒に実行委員会を組織し、企画から運営まで協働で取り組む形式を採用しています。一連のプロセスも含めてすべての関係者に関わっていただくことで、出演者も、スタッフも、ボランティアも、関わる一人ひとりが、みんなの力で公演を実現できたという経験になると考えているからです。今回も打ち合わせの段階から出演者に参加していただきました。そのなかで特に議論したことは、障害のある人もない人も一緒に楽しめる内容にするためにはどうしたらいいのかということです。これまでの社会福祉協議会や障害者施設などによる主催事業では、参加者の多くが障害のある人たちでした。さまざまな人たちが混じっておこなう事業は今回が初めてでしたので、どのような企画がいいのかを悩みました。具体的には、南部氏の研修で、知的障害や発達障害のある人を対象とする場合は、音や光が刺激となるため、音響や照明を調整する必要があると教わりました。演出に大きく影響を及ぼす部分であるため、作品のクオリティを落とすことにもつながるのではないか……などの懸念がありました。

受付シーン

対象事業と対象者について

鑑賞支援サービスを実施する事業を今回の事業に決めた理由を教えてください

当初は、知的障害や発達障害のある人を対象者として考えていたので、落ち着いて鑑賞できる地元の古典芸能(舞踊や演劇など)がいいのではないかと考えていました。しかし、2024年4月に開催された府中市制70周年記念コンサート「燎炎護辰(りょうえんごしん)」の再演を対象にしました。出演者は地元を代表する和太鼓ユニット「我龍-GARYU-」で、市民全体で70周年を一緒に祝うという企画だったので、障害のある人にも鑑賞していただきたいと考えました。

今回の対象者に決めた理由も教えてください

2024年4月の記念コンサートに、「会場がバリアフリーではなかったので行けなかった」という声が聞かれたことから、車いす利用者や高齢者、また、当劇場をよくご利用くださる知的障害や発達障害のある人にも楽しんでいただける企画にしたいと考えました。さらには、南部氏の研修を通して、視覚や聴覚に障害のある人への鑑賞支援サービス(字幕や演出など)の事例を学びました。専門家に伴走してもらいながらの実践の機会であり、地域に根づかせていくためにも、この機会にできることはチャレンジしてみたいと考え、対象を車いす利用者、高齢者、知的障害のある人、発達障害のある人、視覚障害のある人、聴覚障害のある人としました。

鑑賞支援サービス実施にあたって検討したこと

検討事項1:公演内容
障害のある人にもない人にも公演を楽しんでもらうにはどうしたらいいのかを検討しました。
●チケット代に見合うクオリティの保持●知的障害や発達障害のある人を対象とした場合、照明や音への具体的な配慮
●「みんな一緒に」という思いがあったので、一般公演とリラックスパフォーマンス公演の2つに分けることへの抵抗感

結果
鑑賞支援サービスを導入する一般公演とは別に、音や視覚の刺激に不安を抱える人たちが安心して楽しめるリラックスパフォーマンス公演を実施しました。これにより、知的障害や発達障害のある人には、リラックスパフォーマンス公演で劇場に慣れてもらい、より刺激的な演出の一般公演へのステップアップになる機会を提供することができました。

キックオフミーティング
検討事項2:運営スタッフの確保
当劇場では少人数スタッフで運営業務をおこなっています。その業務に加えて、鑑賞支援サービスに関わるスタッフをどのように確保するかについて検討しました。
●初めての取り組みなので、各ポジションに余裕を持った人員配置を計画
●鑑賞支援サービスの受付や客席案内、気持ちを落ち着かせるために設置したカームダウン(クールダウン)スペースへの誘導といった業務の洗い出し
●出演者の我龍や社会福祉協議会、障害者施設などへの協力依頼

結果
我龍の太鼓教室の生徒や関係者、さらには当劇場の利用団体に声をかけ、ボランティアスタッフを集め、必要な人員を確保することができました。

研修シーン
検討事項3:字幕や音声補聴サービスの提供場所
これまで手話通訳や要約筆記を提供した事業では鑑賞支援サービス利用者の座席を客席の端に設定していましたが、研修を通じて、改めてどこで提供するのがいいのかを再検討しました。
●4月の公演を鑑賞できなかった障害のある人たちに見えやすい席の設定

結果
字幕を表示するスクリーンを客席から見えやすく、演出にも干渉しないギリギリの場所(舞台下手)に設置しました。音声補聴は、舞台が見えやすい客席中央のエリアに設定しました。全席自由席としていましたが、サービス提供エリアを優先席として確保しました。
検討事項4:チケット代
障害者料金の設定による一般公演との差額の補填方法を検討しました。
●鑑賞支援サービスが継続できるよう、赤字にならない方策

結果
地域の企業や団体に協賛金を募り、5社1団体から協賛金をいただくことができました。協賛各社にはお礼として公演チケットをお渡ししました。

情報発信で取り組んだこと

鑑賞支援サービスが必要な人たちに情報を届けるためにどんな工夫をしましたか?

一般公演とリラックスパフォーマンス公演、それぞれのチラシを作成しました。チラシには、鑑賞支援サービスの紹介のほか、問い合わせ先についてもしっかりと明記しました。気になることや困った時にどこに聞けばいいのかが明確であると、安心してもらえるからです。

広報活動の一環として、2024年10月20日(日)に市内の障害者施設「大日学園」が開催した「大日学園祭2024」に参加しました。当日は、我龍のステージアトラクションのほか、施設入所者、施設スタッフ、一般来場者を対象としたワークショップを開催しました。当劇場と大日学園は従来からつながりがあり、コロナ禍で中断していた学園祭を数年ぶりに復活させたいとの相談を受けていて、企画から当日運営のお手伝いもさせていただきました。学園祭には、障害のある人やその関係者など、多くの人たちが来場されることから、効果的な広報の場になると考えました。また、公演にはお越しになれなくても、鑑賞支援サービスがあることを知っていただくことで、その人を通して必要な人たちに情報が届く可能性もあると考えました。結果、500人に対して公演と鑑賞支援サービスについて周知することができました。

さらに、本事業の実施にあたり、以下の団体からご協力をいただきました。
●社会福祉法人静和会/広報、動員協力
●社会福祉法人広谷福祉会/広報、動員協力
●府中市教育委員会/広報、動員協力
●NPO法人いこるdeBINGO/広報、後援協力
●府中市/広報協力
●府中商工会議所/広報協力
●府中市社会福祉協議会/広報協力
●福山市神辺町商工会青年部/広報、動員協力
●ふくやま和太鼓教室/広報、動員、スタッフ協力
●十五鼓乃会/広報、動員、スタッフ協力
※初めての取り組みのため、より多くの人たちに鑑賞に来てもらいたいと考え、招待枠も設定しました。

和太鼓ワークショップ

鑑賞支援サービスの内容

「我龍-GARYU-【燎炎護辰(りょうえんごしん)】-呼び覚ます、炎の鼓動-」
リラックスパフォーマンス公演

鑑賞支援サービス対象者:目が見えない・見えにくい人、耳が聞こえない・聞こえにくい人、知的障害のある人、発達障害のある人
日時:2024年12月15日(日)10:30
会場:大ホール
料金:全席自由。1,000 円
主催:ジーベックホール(府中市文化センター)
鑑賞支援サービス:字幕、音声補聴、手話通訳、イヤーマフ貸出

具体的な実施内容

▶上演時間と演出の調整
一般公演120分に対して、リラックスパフォーマンス公演は集中して鑑賞できるように60分に短縮しました。また、客席照明を完全に暗くせず、“全体的に音量を抑えめに設定”するほか、“出入りしやすい客席扉を2箇所開放”、“司会者の言葉遣いや話す内容はわかりやすくやさしい表現にする”ことを心がけました。出演者の我龍も、シンバルにテープを貼って音を抑えるなど、さまざまな工夫を凝らしてくれました。

▶イヤーマフの貸出
大きな音に不安のあるお客さまに向けて、イヤーマフを貸し出しました。どんなものかをわかりやすくするために実物を飾り、身につけているイメージ写真を掲載したサインをつくりました。

▶カームダウン(クールダウン)スペース
外部の音や視線を遮断し、気持ちを落ち着かせるための空間として、ロビーの一角にパネルと暗幕で仕切ったスペースをつくりました。用途を説明するサインは、わかりやすくてやさしい言葉を使用しました。利用された親子のお客さまは、ホールに入った途端、お子さんが耳を塞いで入場を拒否したのですが、カームダウン(クールダウン)スペースでしばらく過ごして落ち着きを取り戻した後、ホール内に戻って鑑賞されました。


▶情報保障サービスの実施
音声補聴サービスはヒアリングループを使用しました。手話通訳は舞台上でおこないました。字幕は舞台上のスクリーンに映し出しました。また、ロビーには液晶ディスプレイを設置し、会場内で流れている影アナウンスを文字で見ることができるようにしました。

鑑賞者:135人
イヤーマフ貸出:6台(利用者6人)
カームダウン(クールダウン)スペース利用者:1人
※一般公演 鑑賞者:589人
ヒアリングループりようしゃ:0人 手話通訳利用者0人
イヤーマフ貸出:6台(利用者6人)

本番後の気づきや学び

公演後の感想や気づきを教えてください

チケットを販売し始めてから「車いす席はありますか」「字幕はどの席から見えやすいですか」といった問い合わせが寄せられました。このような問い合わせが寄せられたのは初めてのことです。鑑賞支援サービスを利用したいというお客さまからの問い合わせは励みになりました。

何事も継続していくことが一番です。継続していくにあたって、赤字を出さないことも重視しました。今回取り組んだことで、どのくらいのお客さまが鑑賞に来てくれるのかの目安ができました。また、カームダウン(クールダウン)スペースやイヤーマフの需要も把握できました。

当初「クラシック音楽など落ち着いて聞けるコンサートしか難しいと思う」と話していた障害者施設のスタッフも、リラックスパフォーマンス公演の鑑賞後、「音や光に配慮してくれた公演なら鑑賞できることがわかった。今回は人数を絞って参加したけれど、次回はほかの人たちも一緒に来たい」という変化も生まれました。

今回、赤字を出さずにできたので、今後も当劇場が地域の人たちへ提供するサービスとして定着できれば会館利用率の向上にもつながると考えています。その前に、スタッフの知識や経験が乏しいため、今回の事例を参考にマニュアル作成や研修などをおこない、当劇場ならではの鑑賞支援サービスをつくっていきたいです。個人的には、今回できなかったアニメーション字幕を取り入れたミュージカル公演をおこなってみたいと思いました。

ジーベックホールでの技術研修

2年目となる継続連携劇場との取り組みでは、「自立的な継続可能性の確立」と「鑑賞支援サービスの発展と波及」を重点テーマに掲げました。その結果、地域と連携した鑑賞支援サービスの自立的な展開、および、その波及効果の具体的な成果を得ることができました。

継続連携劇場
福島県いわき市 いわき芸術文化交流館アリオス
山形県鶴岡市 荘銀タクト鶴岡(鶴岡市文化会館)

1年目の取り組み
いわき芸術文化交流館アリオス
①劇団こふく劇場 第17回公演 「ロマンス」
鑑賞支援サービス対象者:耳が聞こえない・聞こえにくい人など
②新作聲明「螺旋曼荼羅海会」
鑑賞支援サービス対象者:目が見えない・見えにくい人など
専用チラシ_ロマンス アリオス_声明公演

荘銀タクト鶴岡(鶴岡市文化会館)
ワンコインコンサートVol.8 モデトロ・サクソフォン・アンサンブル 音楽のじかん~音、心、おどる。クラシックへの誘い~
鑑賞支援サービス対象者:耳が聞こえない・聞こえにくい人など
専用チラシ_モデトロ

Schedule
2024年5月のキックオフ後から本番にかけて適宜、各担当者と電話やメール、オンラインミーティングを繰り返しながら事業を進めました。

2024年5月~
●連携対象事業の相談
●目標設定
●実施内容の相談~決定

2024年6月~
●相談対応、準備支援

2024年8月~
●運営研修など必要な研修を実施
●本番/いわき芸術文化交流館アリオス①

2024年9月
●本番/荘銀タクト鶴岡(鶴岡市文化会館)

2024年11月~
●本番/いわき芸術文化交流館アリオス②

2024年12月
●合同振り返り会(連携劇場間の取り組み共有と交流)

2025年2月~
●本番/いわき芸術文化交流館アリオス③

2025年3月
●報告書を発行

いわきアリオス

施設概要
アルパイン大ホール(1705席)
中劇場(687席) 小劇場(233席)
いわしん音楽小ホール(200席) リハーサル室(2室)
練習室(6室) キッズルーム ・・・ほか

運営
いわき市

2008年開館。PFI事業として民間の資金やノウハウを活用して施設の設計・建設をおこなったが、施設の運営については市直営スタイルを採用。「おでかけアリオス」(アウトリーチ事業)や「アリオス・こどもプロジェクト」(子どものための遊び場事業)、「まちなか連携プロジェクト」(地域の施設や店舗等と連携し市街地の魅力を創出する事業)など、観る・創る・出かける・知る・集まる・触れるというテーマ別に事業を展開。鑑賞したり、練習したり、食事したり、読書したり、おしゃべりしたりと“屋根のある公園”という開かれた劇場づくりをおこなっている。


取り組みの成果と考察/南部充央

前年度から引き続き、3つの鑑賞支援サービス付き事業に取り組みました。当初、“当事者がチケットを購入して参加する”という課題に直面していましたが、継続的に取り組み、発信し続けたことで成果が見られるようになりました。特に2024年11月に開催された和楽器×影絵「KAGEN」公演では、2組の障害のあるご家族がチケット代を払って参加しました。いずれの家族も、耳が聞こえる人と聞こえない・聞こえにくい人が同席していました。一般的に、このような家族構成ですと一緒に演目を楽しむことが困難な場合が多いですが、この公演では同じ空間で家族全員が近い席に座り、鑑賞を楽しむことができました。また、演劇公演におけるポータブル字幕サービスを自力で実施できるよう、新しい字幕サービスの導入も開始しました。長期的な視野で劇場ブランディングに取り組み、適切な内容と手段で発信し続けた結果、当事者が自らチケットを購入して参加するカタチが実現しました。


いわき芸術文化交流館アリオスの担当者・村山晴香さんにうかがいました!

2年目の課題、それを乗り越えるために考えたこと

継続していくうえで、課題と考えていたことは何ですか?

大きくは次の3点です。

館内スタッフ(制作・技術スタッフ)に取り組みを浸透させるにはどうしたらいいのか
1年目の取り組みでは、公演に関わっていないスタッフにとって、鑑賞支援サービスがどんなもので、どんなふうに利用していただいているのかが、まだまだ浸透していないと感じていました。

鑑賞支援サービスを必要としている人にどう届けるか
1年目は、障害のある人が自ら申し込んで鑑賞されたケースが1人だけでした。それ以外の利用は、福祉団体やサークルを招待し、モニターとして利用いただきました。対象者とのつながりが十分ではないことが課題として浮き彫りになりました。どうしたら対象者に情報を届けられるのか、さらにどうしたら申し込んでいただいて公演に来てもらえるのかを考える必要がありました。

関係団体との協働
障害のある人たちに、文化芸術に興味を持ってもらう必要性もあります。そのためには、劇場側が鑑賞支援サービスを提供するだけではなく、たとえば聴覚障害のある人に手話通訳を担当してもらうなど、公演づくりに障害当事者も関わってもらうことで、文化芸術との心の距離が縮まるのではないかと思いました。そんな理由から障害のある人たちが参加する福祉団体やサークルとの協働方法を模索しましたが、具体的に何をお願いしたらいいのか、どのようなご協力を相談するべきなのかはわかりませんでした。

課題を乗り越えるために2年目ではどんなことを計画しましたか?

1年目に引き続き、2年目も複数ジャンル・複数公演で取り組むことにしました。1年目は演劇と仏教音楽の2つの公演で取り組み、2年目はさらに2種類の演劇と和楽器×影絵公演の計3つの公演で計画しました。この計画のなかで、課題をどのように乗り越えようとしたかについて、次のような方法を採用しました。

親子向け公演の導入
子どもは学校や放課後等デイサービスなどに所属しているので、情報を届けやすいと考えました。また、子どものうちから鑑賞支援サービスを体験してもらうことで、その子たちが大人になる頃には、こうしたサービスが「当たり前」の環境になることを目指しました。そもそも子どもたちに文化芸術に親しんでほしいという願いもありました。

制作・技術スタッフの得意分野の活用
スタッフにはそれぞれ得意とするジャンルがあるため、複数のジャンルで取り組むことで、その強みを活かしてもらいました。取り組みを通じて、当劇場が「できること」「できないこと」を明確にすることも目的としました。

多様な鑑賞支援サービスの提供
公演ごとに字幕、ヒアリングループによる音声補聴、手話通訳など、異なる内容の鑑賞支援サービスを提供することで、対応範囲を広げようと考えました。また、市内の福祉団体やサークルとの協働を模索することも考えました。

経験を次に活かす取り組み
今年度の事業では、1回目の経験や反省点を2回目に、2回目の経験や反省点を3回目に活かしながら、取り組みを改善していきました。

基盤づくりと新たな挑戦
館内スタッフ(制作・技術スタッフ)の協力や鑑賞支援サービスの対象者とのつながり、市内の福祉団体やサークルとの協働を通じて、当劇場で鑑賞支援サービスを自走していくための基盤づくりにつなげました。また、字幕サービスのオペレーターを当劇場スタッフが担ったり、費用的にも導入しやすいシステムを試行したりするなど、新たな挑戦にも積極的に取り組みました。

2年目の鑑賞支援サービス実施にあたって検討したこと

検討事項1:市内の福祉団体やサークルとの協働
市内の福祉団体やサークルと直接つながっておらず、協力内容について検討しました。
●市の障がい福祉課や社会福祉協議会、当劇場スタッフなどからの情報収集

結果
音響スタッフが「要約筆記いわきサークル」が当劇場でヒアリングループを利用されていたことを思い出し、同サークルに相談して、ヒアリングループを借りることができました。また、市の障がい福祉課を通じて手話通訳を依頼しました。
音声補聴受信機
検討事項2:情報保障サービスの対応
「耳が聞こえない家族のために、スマートフォンの字幕アプリを利用したい」との要望について検討しました。
●出演者の自動字幕についての理解
●実施環境の確認
●耳の聞こえないお客さまの要望を確認するためのコミュニケーション方法

結果
公演担当者や技術スタッフ、南部氏に相談し、スマートフォンの字幕アプリの利用について問題がないことを確認しました。また、お客さまとは電話リレーサービスで要望を確認しました。お客さまのスマートフォンでは電波状況や充電の不安があったので、当劇場のタブレットにUDトークをインストールして準備しました。当劇場のタブレットを貸し出しましたが、舞台の音声をタブレット本体のマイクで集音していたため、字幕の精度は高くありませんでした。反省点もありましたが、お客さまからは、当劇場のさまざまな提案と対応について好意的なご意見をいただけました。
タブレットで字幕を見る様子

2年目の情報発信で取り組んだこと

鑑賞支援サービスが必要な人たちに情報を届けるためにどんな工夫をしましたか?

毎回、以下を基本に対象者に応じて公演情報を届けています。
●鑑賞支援サービス専用チラシの作成
●市の障がい福祉課と打ち合わせ、周知依頼
●当劇場ブログや広報紙などでの告知

1年目は主に、市の障がい福祉課を通して周知活動をおこないましたが、2年目は障害のある人たちと直接つながっている福祉団体やサークルとつながることを意識しました。その結果、いろんな団体にご協力いただけました。

情報発信で協力を得た団体は、主に次の3団体です。
●市障がい福祉課/周知先の相談、メーリングリストでの周知
●県聴覚障害者協会/ウェブサイトのイベント情報欄と公式LINEでの告知
●きこえ子育てサークルもいもい/ブログでのイベント告知

また、各公演での周知活動は、次のとおりです。
①こどもの劇場2024「らんぼうものめ」
(対象者:耳が聞こえない・聞こえにくい子どもと家族)
聴覚支援学校を訪問し、教頭先生から子どもたちの学校での様子や学校で利用しているサービス、子どもたちが使っている補聴システムなどについてうかがいました。なかでも「最近はBluetoothで電話や音楽を楽しむ子も多いので、字幕はろうの子くらいかと思います」と子どもたちの実情を知ることができました。夏休み中の訪問だったため、児童・生徒への公演告知はできず、先生を招待しました。

②和楽器×影絵「KAGEN」
(対象者:耳が聞こえない・聞こえにくい子どもと家族)
この公演からチラシの裏面に申込書を付けました。また、これまで市の障がい福祉課から福祉団体などに告知をしてもらっていましたが、当劇場からも再度連絡することにしました。聴覚障害のあるご家族がいる子育てサークル「きこえ子育てサークルもいもい」は、ブログでイベントをご紹介くださいました。福島県聴覚障害者協会にも初めてアプローチし、同協会のウェブサイトや公式LINEで情報を流してくださいました。また、夏に訪問した聴覚支援学校の児童・生徒が鑑賞に来てくださいました。

③二兎社「こんばんは、父さん」
(対象者:耳が聞こえない・聞こえにくい人、老人性難聴の人)
当劇場の広報紙で公演の特集を掲載しました。字幕サービスの紹介も盛り込んだところ、受付開始後すぐにお申し込みをいただきました。これまで対象者へ直接届けるための広報を基本にしてきましたが、多くの人たちへの告知の必要性も感じました。そこで、公演前に地元の新聞社に取材してもらい、鑑賞支援サービスを紹介する記事を掲載していただきました。当劇場の取り組みを広く伝える一歩になったと感じています。

そのほか、広報面で工夫したことがあります。
ブログで鑑賞支援サービスの告知と当日の利用の流れを掲載
サービス内容や申込方法、当日の流れについて写真を挿入しながらわかりやすくブログで紹介しました。一般の方へも鑑賞支援サービスについて広く周知する狙いもありました。

鑑賞支援サービス利用者が定員に満たない時のモニター枠
福祉団体関係者をモニターとして招待し、サービスを利用してもらいました。障害のある人とつながりのある人に体験してもらい、ご意見・ご感想をいただくともに、口コミによって必要な人に情報が届くことを期待しました。

2年目に実施した鑑賞支援サービスの内容

①こどもの劇場2024「らんぼうものめ」

鑑賞支援サービス対象者:耳が聞こえない・聞こえにくい子どもと家族
日時:2024年8月4日(日)14:00
会場:中劇場
料金:全席自由。大学生以上2,000円、中学・高校生1,500円、小学生1,000円、未就学児無料(要事前申込)、3歳以下は入場不可。withチケット500円(介助者用チケット)
企画制作:KAAT神奈川芸術劇場
主催:いわき芸術文化交流館アリオス
鑑賞支援サービス:字幕、手話通訳

具体的な実施内容

▶鑑賞支援サービスの利用についての案内
鑑賞支援サービスをご利用いただくお客さまがスムーズに受付を済ませて鑑賞いただけるように、当日の流れをまとめた案内をFAXやメールで事前に連絡しました。

▶鑑賞支援サービス受付の設置
鑑賞支援サービス専用受付を一般受付より手前の目立つスペースに設置しました。サービスを利用しないお客さまに対しても鑑賞支援サービスをアピールできました。受付には、音声認識アプリを活用した字幕表示やコミュニケーションボードを用意しました。また、手話通訳者を1人配置しました。サービスの説明のため、開場より15分ほど早く鑑賞支援サービスの受付を開始しました。
いわきアリオス_受付シーン

▶当日配布資料の分量
1年目は「聴覚障害のある人には文字情報で」という思いから、たくさんの資料を用意しましたが、手話で会話する人にとっては手元にたくさんの資料があるとコミュニケーションの妨げになることに気づきました。事前に伝える情報と当日伝える情報を整理して、当日は影アナウンスで伝える内容を中心に、鑑賞支援サービスの利用方法を端的にまとめた資料とアンケートに絞りました。

▶情報保障サービスの実施
字幕タブレットを提供しました。アイコンで話者をわかりやすくしたり、音の情報が視覚的に伝わるアニメーション文字を取り入れたりして、視覚的にも楽しめる内容にしました。

客席でポータブル字幕を見ている様子

鑑賞者:361人
字幕タブレット:3台(利用者3人)

②和楽器×影絵「KAGEN」

鑑賞支援サービス対象者:耳が聞こえない・聞こえにくい子どもと家族

~0歳からOK ! 親子で楽しもう~公演
日時:2024年11月30日(土)11:00
会場:小劇場
料金:全席自由。大学生以上1,500円、中学・高校生1,000円、小学生 500円、未就学児無料(要事前申込)。withチケット500円(介助者用チケット)
主催:いわき芸術文化交流館アリオス
鑑賞支援サービス:音声補聴

~音楽と影絵をじっくりお楽しみください~公演
日時:2024年12月1日(日)13:30
会場:小劇場
料金:全席指定。2,000円、U25(25歳以下)1,000円、未就
学児入場不可。withチケット500円(介助者用チケット)
主催:いわき芸術文化交流館アリオス
鑑賞支援サービス:音声補聴

具体的な実施内容

▶情報保障サービスの実施
客席の一部にヒアリングループを敷設し、利用者の補聴器や人工内耳でお聞きいただけるようにしました。ヒアリングループは市内の「要約筆記いわきサークル」にお借りしました。

和楽器×影絵「KAGEN」

鑑賞者:11月30日165人、12月1日160人
ヒアリングループ利用者:11月30日5人、12月1日0人

③二兎社「こんばんは、父さん」

鑑賞支援サービス対象者:耳が聞こえない・聞こえにくい人、老人性難聴の人
日時:2025年2月22日(土)14:00
会場:中劇場
料金:全席指定。S席5,500円、A席4,000円、ペアチケット(S席のみ・2枚1組)9,000円、U25(25歳以下)2,500円、未就学児入場不可。withチケット500円(介助者用チケット)

主催:いわき芸術文化交流館アリオス
鑑賞支援サービス:字幕

具体的な実施内容

▶情報保障サービスの実施
新しい字幕表示システムを導入したサービスを提供しました。このシステムは、会場のスピーカーから人には聞こえにくい音声信号を流すことで、自動的に字幕がページ送りされる仕組みです。利用者は専用アプリがインストールされたスマートフォンで字幕を見ました。
そのほか、鑑賞支援サービスをスムーズにご利用いただくための事前案内の連絡、鑑賞支援サービス受付の設置、当日の配布資料を少なめにすることを実施しました。

客席でポータブル字幕を見ている様子

鑑賞者:475人
字幕タブレット:2台(利用者2人)

2年目、本番後の気づきや学び

公演後の感想や気づきを教えてください

こどもの劇場2024「らんぼうものめ」で築いた新たなつながり
「らんぼうものめ」では、耳の聞こえない・聞こえにくい子どもやその家族を対象に鑑賞支援サービスを提供しました。この公演では、鑑賞支援サービス利用者は招待者のみでしたが、この時につながりができた聴覚支援学校に通っている児童・生徒さんが和楽器×影絵「KAGEN」を鑑賞してくれました。市内関係団体とのつながりが実を結んできことを実感しました。

和楽器×影絵「KAGEN」での取り組みを通じて
「KAGEN」では、招待枠を設けず、鑑賞支援サービス利用者にはチケットを購入していただきました。これまでの取り組みが少しずつ成果として表れました。本番での気づきは、音声補聴サービス利用者の多様な声に応える難しさを感じたことです。今回のアンケートでも、「音が大きくてうるさく感じられた」との声や、「まわりの盛り上がりで聞こえづらいところがあった」といった正反対の意見があり、利用者ごとの異なるニーズに対応する難しさを改めて感じました。アーティストには「鑑賞支援サービスが必要な人はどのような方々か」「どんなサービスを提供するのか」といった関心を持ってもらえました。さらに、公演後も「利用者の反応はどうだったのか」という質問を受け、取り組みについて、アーティストと共有することの大切さを感じました。公演に鑑賞支援サービスを付けるだけではなく、企画段階からアーティストと一緒に考えることが重要だと思いました。今回、ヒアリングループは「要約筆記いわきサークル」からお借りしました。返却時に、「要約筆記も依頼してくれたらよかったのに」という言葉をいただき、今後相談しやすい関係性が構築されたと実感しました。このようなつながりをつくることは容易ではありませんが、地道に連携の輪を広げていきたいと考えています。

二兎社「こんばんは、父さん」で見えた新たな可能性と課題
二兎社「こんばんは、父さん」では、耳の聞こえない・聞こえにくい人や老人性難聴の人たちを対象に鑑賞支援サービスを提供しました。当劇場の広報紙で「こんばんは、父さん」を特集した際、字幕サービスについても紹介したことが大きな反響を呼びました。その結果、聴覚障害のある人だけではなく、老人性難聴の方々からも「字幕サービスを利用したい」という声が寄せられ、想定以上に対象座席エリアを広げることとなりました。鑑賞支援サービスは、障害者手帳を持つ人だけに限定しているわけではなく、支援サービスが必要な人が対象です。今回の取り組みは、そのことを改めて確認する機会となりました。いずれは座席エリアを限定しなくても字幕サービスを利用できる環境が当たり前になることを目指していきたいと考えています。今回は、その一歩を踏み出すきっかけにもなりました。また、広報活動では、これまでは鑑賞支援サービスの対象者に情報を届けることに注力してきましたが、今後は当劇場が鑑賞支援サービスに取り組んでいることをもっと広く発信していきたいです。

まとめ:誰もが文化芸術を楽しめるために
鑑賞支援サービスを必要とする人とつながることができるかということが今後の課題です。現状は、対象者と考えているお客さまのニーズが十分に把握できておらず、当劇場が考えて実施内容を決めています。今後は、利用者との対話のなかでニーズを汲み取り、検討していけるようにしていきたいと考えています。また、そもそも文化芸術に興味を持ってもらわないことには、どんな鑑賞支援サービスがあってもご来場いただくことは難しいです。そのため、文化芸術の魅力を伝え、心の距離を縮める努力も大切にして、「こんな鑑賞支援サービスが付いているなら行ってみたい」と思っていただける取り組みを目指したいと考えています。

2年の取り組みを通して、鑑賞支援サービスが“障害のある人に向けたもの”と捉えがちであるという課題を感じました。人はいつか老い、足腰が弱くなり、目が見えにくくなり、耳が聞こえにく
くなります。また、事故など、予測できない出来事に遭遇して、支援を必要とする立場になることもあります。今は鑑賞支援サービスがなくても鑑賞できていますが、それができなくなった時に
文化芸術に触れられなくなるのは寂しいことです。この取り組みは、「自分自身のためでもある」という思いを持ちながら取り組んでいます。今後も、さまざまな公演で経験を積み上げながら、より多くの公演で鑑賞支援サービスを継続的に提供できる環境を整えていきたいです。

施設概要
大ホール(1120席) 小ホール(180席)
練習室(2室) 会議室(2室) 託児室 ・・・ほか

運営
タクトつるおか共同企業体

2018年開館。当初は市直営だったが、2021年から指定管理者(タクトつるおか共同企業体)が運営。「TACTおとアート」(全館開放コンサート)や「ワンコインコンサート」(地元アーティスト出演、入場料500円)といった気軽にアーティストのコンサートを楽しめる事業のほか、「タクト探検隊♪ 舞台のおしごと」といった仕事体験事業、シネマイベントとして商店街や市内の文化施設とコラボレーションした地域連携事業など、さまざまな角度から文化芸術に触れる機会を創出している。


取り組みの成果と考察/南部充央

地域にある福祉団体(パソコン要約筆記「はなまる」)との連携を強化し、リアルタイム字幕をポータブル端末に表示するサービスの提供を、自分たちの力で実現しました。このサービス実現には、打ち合わせや下見、実施テストなど多くの時間と労力を要しましたが、地域内で完結する体制を構築したことで、より細やかなコミュニケーションを図りながらのサービス提供が可能になりました。また、これによりコスト削減も達成できた点は重要な成果です。さらに、荘銀タクト鶴岡(鶴岡市文化会館)の取り組みは地域の教育機関にも波及しました。山形県立致道館高校の音楽ゼミが“バリアフリーで新しい音響や音楽をつくるための研究活動”を開始し、2025年1月には聴覚障害のある人たちに焦点を当てたコンサートを荘銀タクト鶴岡のロビーで開催しました。劇場の取り組みが地域内の団体や教育機関に広がり、連携が一層強化されました。


制作協力:佐藤ヒロキ(丸亀市民会館開館準備室プロデューサー)

荘銀タクト鶴岡(鶴岡市文化会館)の担当者・伊藤玲子さんと増子そらのさんにうかがいました!

2年目の課題、それを乗り越えるために考えたこと

継続していくうえで、課題と考えていたことは何ですか?

当劇場では、障害のある人もない人も当たり前のように音楽やアートを楽しめる社会を目指し、劇場のバリアフリー化(ソフト面、ハード面)事業として前年度から取り組みを始めました。そ
のなかで、大きな課題として捉えていたことは、日頃から鑑賞支援サービスを提供するためには、専門家が入らずともおこなえる体制や環境を整えることでした。そのためには、地域の福祉団体や本事業に共感する人たちに協力を仰ぎ、地域で一体となって取り組んでいきたいと考えました。さらに、前年度の取り組みをきっかけに、聴覚障害のある人たちから「字幕タブレットをもっと見やすくしてほしい」「手話で情報を受け取りたい」といった具体的な意見があったので、このことを改善してくために鑑賞支援サービスの内容を検討しました。

また、鑑賞支援サービスのなかには、市の「意思疎通支援者派遣事業」(手話通訳者や要約筆記者を利用者負担なしで派遣)では補えない部分もありました。市の支援サービスの範囲が広がることで、他劇場でも鑑賞支援サービスが普及していくのではないかと思いました。当劇場の取り組みを通して、市の福祉課の理解や協力を広げていきたいと考えました。

荘銀タクトでの受付シーン

課題を乗り越えるために2年目ではどんなことを計画しましたか?

以下の2点を意識して計画を立て、取り組み始めました。
福祉団体との協働
前年度、専門家に任せた部分を当劇場や地域の人材だけでおこなえるように、地域の福祉団体等との連携や協働をさらに進め、地域のなかで鑑賞支援サービスを自走できることを目指しました。

当事者との対話
当事者にとって必要な鑑賞支援サービスの内容を考えるため、当事者と直接つながって、対話する機会づくりを模索しました。

荘銀タクト_ポータブル字幕機を客席で見ている様子

2年目の鑑賞支援サービス実施にあたって検討したこと

検討事項1:鑑賞支援サービスの対象者
1年目は耳が聞こえない・聞こえにくい人に対象者を限定しましたが、2年目は対象者を広げることを検討しました。
●新たな対象者の設定

結果
目が見えない・見えにくい人を対象者として取り組むことができました。
検討事項2:目が見えない・見えにくい人への鑑賞支援サービスの内容
目が見えない・見えにくい人の鑑賞支援サービスについて検討しました。
●視覚障害のある人への鑑賞支援サービスの内容

結果
前年度は鑑賞支援サービス専用チラシに「Uni-Voice」(情報を音声で読み取れる音声コード)を掲載していましたが、新たに福祉団体の協力を得て点字チラシを作成しました。また、市の福祉課から市内在住の当事者の住所ラベルを提供してもらい、直接告知できました。
検討事項3:耳が聞こえない・聞こえにくい人への鑑賞支援サービスの内容
耳が聞こえない・聞こえにくい人に向けて、前年度の改善点を検討しました。
●前年度の鑑賞支援サービス利用者の要望を汲んだ改善策

結果
出演者や舞台技術者、手話通訳者と調整したうえで、今年度は舞台手話通訳をおこないました。また、ポーダブル字幕機のタブレットホルダーを首や腰にかけるタイプから座席カバーに取り付けられるものにしました。
検討事項4:鑑賞支援サービスの地域での定着化
鑑賞支援サービスを継続して提供するための資金ぐりについて検討しました。
●資金調達の方法

結果
市の福祉課に相談したところ、市から派遣される要約筆記者が担当したタブレット字幕は規定外の業務のため、費用は当劇場で負担しました。一方、現地での実地テストや打ち合わせにかかる費用については、市で一部負担してもらえることになりました。
検討事項5:当劇場や地域内で鑑賞支援サービスを提供できる体制・環境づくり
当劇場や地域内で鑑賞支援サービスをおこなうことを検討しました。
●協力団体を見つける必要性
●機材の調達や通信環境の整備
●機材トラブルの対策

結果
市に登録されている手話通訳者に舞台と受付での手話通訳をお願いしました。字幕は、前年度の取り組みを見学したパソコン要約筆記「はなまる」に相談して実施できました。また、機材トラブルの対応も担ってくれました。前年度、客席のWi-Fiではつながりにくかったため、今年度はルーターを購入して客席内の通信環境を整えました。

2年目の情報発信で取り組んだこと

鑑賞支援サービスが必要な人たちに情報を届けるためにどんな工夫をしましたか?

1年目同様、一般の公演チラシとは別に、鑑賞支援サービスの情報を単独で掲載した専用チラシを作成し、裏面には申込書を掲載するとともに、掲載情報を音声で読み取れる音声コード「Uni-Voice」も掲載しました。また、サービスの内容を視覚的にわかりやすくお伝えするためにピクトグラムを使用しました。さらに、安心してご来館いただけるように、「スタッフが客席までご案内いたします」という一文を挿入しました。そのほか、今年度初の取り組みとして、山形点訳赤十字奉仕団の協力を得て点字チラシを作成しました。

鑑賞支援サービスについては、1年目の取り組みで関係各所に周知が済んでいたため、公演の告知方法やチラシの配布方法は前年度と同様に市の福祉課や福祉団体にご協力いただき、当事者に直接情報を届けることができました。また、スタッフが福祉団体主催のイベントや手話の勉強会にも参加したことで告知の機会が広がりました。勉強会の終わりには、当劇場の鑑賞支援サービスの取り組みや公演の案内もさせていただきました。特に効果的だったのは、前年度ご来場くださった聴覚障害のある方々に、「ぜひ、お知り合いとお越しください」と連絡したところ、まわりの方々への周知にご協力いただけたことでした。

点字チラシについては、鶴岡市健康福祉部福祉課障害福祉係に視覚障害者1・2級の方々(169人分)の住所ラベルを作成いただき、当劇場より直接郵送しました。この取り組みにより、点字チラシを受け取った視覚障害のある方から、「点字ディスプレイ(点字を表示する機器)を持ち込んで鑑賞したい」との問い合わせがあり、新しいカタチでの鑑賞を実現することができました。

点字ディスプレイ

2年目に実施した鑑賞支援サービスの内容

BLACK BOTTOM BRASS BANDワッショイ★お祭りライブ

鑑賞支援サービス対象者:耳が聞こえない・聞こえにくい人、目が見えない・見えにくい人、車いすを利用している人
日時:2024年9月7日(土)14:00
会場:大ホール
料金:全席指定。1,500円、学生500円、ワッショイ★セット(一般・学生セット)1,000円。3歳以上有料。
※保護者1名につき、膝上鑑賞1名まで無料
主催:荘銀タクト鶴岡・鶴岡市教育委員会
助成:一般財団法人地域創造 令和6年度公共ホール音楽活性化支援事業
制作協力:一般社団法人日本クラシック音楽事業協会
鑑賞支援サービス:字幕、音声補聴、手話通訳、ノートテイク

具体的な実施内容

▶市民サポーター向けの研修
当劇場では自主事業の公演時に、市民サポーターがレセプション業務を担当しています。本公演でも障害のあるお客さまへの適切な対応ができるように、専門家を招いて事前研修を実施しました。

▶情報保障サービスの実施
受付と客席に手話通訳者3人とノートテイカー4人を配置しました。また、当劇場スタッフは筆談用に、ペンと紙を携帯しました。手話通訳は舞台上でおこないました。音声補聴サービスには、仮設のヒアリングループとホール設備の赤外線補聴システムを使用しました。字幕サービスでは、影アナウンスや出演者の発言をリアルタイムで文字表示するポータブル字幕機を貸し出しました。開場から開演までの間に音声補聴のテスト放送と字幕のテスト表示を実施しました。また、ご本人が持参された点字ディスプレイを使用する際には、サポートの操作をおこなう担当者を近くに配置しました。

BLACK BOTTOM BRASS BANDワッショイ★お祭りライブ

鑑賞者:217人
ヒアリングループ利用者:2人 舞台手話利用者1人
字幕タブレット:7台(利用者7人)
赤外線補聴システム:2台(利用者2人)
バリアフリー席:1席(利用者1人)
点字ディスプレイ:1台(持込/利用者1人)

2年目の本番後の気づきや学び

公演後の感想や気づきを教えてください

1年目に鑑賞支援サービスをご利用いただいた方から、前回の意見が反映されていたことへの感激の声や新たな提案もいただきました。改善を求める前向きな意見は期待の表れと受け止め、今後も信頼関係を築き続けていきたいです。また、耳が聞こえない人と聞こえにくい人は、希望する情報支援が文字と手話に分かれるため、どちらの情報も同じように提供する必要があるとわかりました。「舞台上でおこなわれるすべての発言に手話をつけてほしい」という要望もいただきました。今回は、事前にアーティストから聞いていたMC場面が変更になったり、アドリブや言語化しにくい掛け声が多かったりしたので、手話や文字での表示が困難だったと思います。アドリブがどの程度含まれるかをアーティストに確認し、共有しておけば、手話通訳者や要約筆記者の不安要素を減らせたと反省しています。また、市の福祉課と協力し、鑑賞支援サービスにかかる費用を分担できました。地域全体の取り組みであるという当劇場の考えを広く共有できたように思います。一方で、地域の福祉関係団体等との連携では、双方に過度な負担がかからないよう、事前の打ち合わせを綿密におこなう必要もあります。継続的な展開には欠かせない工程であり、今後も丁寧に進めていきます。主な成果と課題として、次のことが挙げられます。

実施体制の確立
当劇場スタッフや地域の福祉団体関係者との協力体制で字幕表示などの技術支援を実現できました。要約筆記者や手話通訳者からも「学びの機会になった」と好評価でした。

地域のろう者コミュニティとの関係構築
手話を教えるろう者の先生と個人的につながりました。ポータブル字幕機を取り付けるタブレットホルダーや難聴者と手話に関わる映画紹介などの情報をいただくようになりました。個人レベルでの関係構築は今後の活動において重要な基盤となります。

アクセシビリティの向上
前年度の課題であった舞台上での手話通訳を実現できたことによって、情報保障の幅を拡大しました。「音楽が好きだけど、劇場には行きづらかったのでありがたい」という感想をいただきました。また、点字チラシ配布により「手持ちの点字ディスプレイを持参して楽しみたい」というニーズも把握できました。

アーティストとの連携強化
アーティストからMC内容などの情報を事前に提供していただけました。また、リハーサルで舞台上の手話通訳者との打ち合わせを実施できました。アーティストから手話通訳者に「MCのスピードは?」「関西弁で話しても問題ないですか?」といった積極的な質問があり、事前に手話通訳部分のリハーサルもおこなえました。

組織運営上の課題
当劇場全体の取り組みに広げるため、2年目の今年度は鑑賞支援サービス担当者を変更し、引き続き、鑑賞支援サービス主担当と公演主担当を分けて準備をおこないました。担当者を変更したことにより、前年度の引継ぎがスムーズにいかないこともあったりと、情報共有の重要性を改めて実感しました。今後は一層全体の意識向上に努めながら、引き続き全体共有を怠らずに取り組んでいきたいです。また、将来的には貸館事業でもヒアリングループや赤外線補聴システムなど、鑑賞支援サービスの取り組みを広げていきたいと考えています。

まとめ:鑑賞支援サービスの広がり
当劇場の鑑賞支援サービスに関わってくださった方々の自発的な活動にも波及しています。事例を2つ紹介します。

事例1:アーティストによる自主的な展開
前年度のアーティストが自身のほかの公演にも鑑賞支援サービスを付けたいと南部氏に連絡。自らも企画・制作に関わり、実現されました。今年度のアーティストとも公演後のミーティングで、「さまざまな事情で、劇場で鑑賞体験できない人たちがいる。その人たちに向けて、どんなことができるだろう?」「“まちのなかで”など、広く誰でも楽しんでもらえる環境や機会を一緒につくっていきたい」と語り合えました。

事例2:高校生による聴覚障害者向けコンサートの実現
前年度「赤外線補聴システムの聞こえ方の検証ミニコンサート」に協力くださった高校の先生(吹奏楽部顧問)の異動先の生徒から、自分たちも鑑賞支援サービス付きのコンサートを開催したいとの相談を受けました。当劇場スタッフが相談に乗りながら、2025年1月に聴覚障害のある人を対象とした『目で聴く、身体で感じるコンサート』を実現しました。

このように、当劇場だけの取り組みではなく、地域はもちろん、まわりにも波及していっていることは、心強い仲間ができたと大変うれしく思っています。

伊藤栄子/あきた芸術劇場ミルハス

鑑賞支援の取り組みに関わった職員一同、公演後は達成感に包まれました。当初は、障害のあるお客さまに来場してもらえるのか不安が大きかったのですが、実際には7人もの方が鑑賞支援サービスを活用してくれてうれしかったです。鑑賞支援に関する職員の経験値が上がったことも大きな収穫だったと思います。

舞台の都合や職員の負担などを考慮し、できることとできないことを精査して取り組みの方向性を決めていきました。そのうえで、どのように「合理的配慮」を実現していくかが難しかったです。判断に迷うこともありましたが、「障害が原因で困難が生じているかどうか」が配慮の基準になるということを改めて心に刻みました。

公演のステージに立つ合唱隊の一員として視覚障害のある女性と聴覚障害のある女性が参加してくれたことも大きな喜びでした。視覚障害の女性は、ミルハス職員が事前に移動介助の方法を学んで対応してくれたことを大変喜んでくれました。聴覚障害の女性は手話で歌を表現できたことに満足していました。

しかし、鑑賞支援サービスの利用者アンケートの内容は、必ずしも好意的な反応だけではありませんでした。すぐに改善できる指摘もあれば、そうではない要望もあり、障害の種類や程度は人によって違い、すべての要望を叶えるのは現実的ではないのかもしれません。それでも、劇場ができることを見極め、必要に応じて関係者と協働しながら支援の在り方を探っていきたいと思います。

鑑賞支援の取り組みを新聞やテレビ報道などで知り、要約筆記者やガイドヘルパーから協力の申し出があったこともとてもありがたかったです。今後、鑑賞支援を継続していくなかで、こうした人たちとのつながりを深めていけたらいいと思っています。 吹奏楽や合唱で公演に関わった子どもたち、来場した一般観覧客たちの障害者理解も進んだように感じました。公演前のリハーサルでは、合唱に参加した女性を気遣う子どもたちの姿が見られました。公演後には、鑑賞支援の取り組みに対し激励の言葉をくれた一般のお客さまもいました。誰もが安心して公演を楽しめる劇場になるよう、今後も取り組みを継続したいと思います。

伊藤栄子
2020年9月からあきた芸術劇場開館準備事務所に勤務。劇場開館に伴い、2022年4月から同劇場企画事業・広報課に所属。受付班チーフ。

高橋裕亮 千葉真弓/さくらホール feat.ツガワ(北上市文化交流センター)

これまで、さくらホールでは音声補聴システムや介助者無料サービス、バリアフリー対応など、障害のある方への取り組みを一部限定的ながらですがおこなってきました。しかし、「誰が何を必要としているのか」を理解する手順は模索中でした。今回、南部氏の提案を受け、その知恵を借りながら事業連携を開始。助成が決まった後、地域全体で障害への理解を深める研修として、劇場関係者や行政職員、NPO法人スタッフなど事業を一緒につくっていきたい人たちに声かけしてバリアフリー研修会を実施しました。平等な参加を実現する基軸が明確になり「知ることの重要性」も共有できました。

地域とのつながりも重要な役割を果たしました。高齢者や足を運びづらい方々に情報を届けるため、地域の回覧板や近所の人があつまる喫茶店、交流センターの「100歳体操ワークショップ」の場などを活用。直接対話を通じて興味を惹き、多くの参加者や新たなつながりが生まれました。また、地元のメガネ店や福祉団体を訪ねることで補聴器の現状を把握し、関係を築くことにも成功。これらの活動を通じ、「障害者」は必ずしも手帳を持つ方だけではなく、高齢者や劇場に足を運びづらい方々も含まれると再認識しました。

さらに、落語やコンサートを通じて文化普及の成果も得られました。初めて落語を楽しんだ高齢者が次回への意欲を示すなど、新たなファン層を生み出す動きが広がっています。こうした取り組みを通じて地域とのつながりを深めることができました。

一方で、地域の支援団体と当事者の意識連携の課題も見えてきました。市や福祉協議会の担当者の方々には積極的に情報をお知らせしていきましたが、必要な情報が当事者の前で止まってしまうことがありました。このため、劇場と当事者が直接つながる仕組みを構築することの重要性を感じています。これからも地域の声を聞きながら柔軟に改善し、人と人とのつながりを大切にしながら、より良いサービス提供を目指します。

高橋裕亮
一般財団法人北上市文化創造企画事業課主任プロデューサー。岩手県北上市生まれ。昭和音楽大学音楽器(トランペット)学科卒業。音楽家を目指して音楽大学に進学したが、才能豊かな演奏家たちとの出会いや一流の音楽に触れるなかで、「芸術の楽しさを地域の若い世代に届け、彼らが未来を広げるきっかけをつくりたい」と考え2003年にUターンし、財団法人北上市文化創造に入職。北上市文化交流センターさくらホールの開館から勤務し、市民参加型の創造事業、プロのアーティストと地域の伝統芸能をつなぐ交流事業を担当。趣味は音楽演奏。

千葉真弓
一般財団法人北上市文化創造企画事業課主任プロデューサー。東京都八王子市生まれ。昭和音楽大学音楽芸術運営(アートマネジメント)学科卒業。在学中に「町の人と舞台芸術を結ぶこと」に心を惹かれ、2003年岩手県北上市に移住し、財団法人北上市文化創造に入職。北上市文化交流センターさくらホールの開館から勤務し、文化芸術の魅力や面白さを紹介する事業、地域で活躍する演奏家や市民との協働事業を担当。趣味は家庭菜園。日本アートマネジメント学会会員。下藤根郷土芸能保存会会員。

藤本英一郎/ジーベックホール(府中市文化センター)

今回、公立文化施設の会館事業計画担当としてこの鑑賞支援サービス事業に携わり、事業を通して地域課題に取り組む機会となりました。私が活動する広島県府中市は人口3万人規模の地方都市で、ほかの地域と同じく人口減少、高齢化などが社会課題となっています。また、近年はこの課題により、文化芸術活動の担い手、継承者不足という問題に加えコロナ禍による活動自粛、休止などで地域の文化芸術活動の継続がさらに難しくなっています。

そんななか、私は同施設の会館事業計画担当として、施設利用率の拡大を目指したサービスの提供(自主事業)の計画と実践が求められており、自主事業計画については実情、潤沢な予算も物資も少なく、限られたスタッフ人数でできる内容の事業計画が必須となっています。大都市部のような有名人を招聘した大がかりな公演や高額な入場料が必要となる公演は、この地域の対象者数、経済状況から考えても実施が困難で、それでも工夫を凝らして地域の文化芸術団体、サークルとの連携で、これまで地域の皆さんとのつながりを頼りに事業実施をおこなうことができています。

今回の事業のテーマとなる障害者の皆さんについても、これまでの経験から対象者の特性、課題について大旨理解しているつもりで事業を進めてみましたが、実施するにあたって研修会、ミーティングなどを経験するに従い、対象者の多様性と特性について深く知ることとなりました。公演を実現することに加え、周知、動員など、課題の多さに難しいなと思ったのが最初の感想でした。公演で想定される支援について、手厚いものを求めればその分予算と人が多く必要になってきますが、経費はあまりかけられないので私が真っ先に行動したのは、趣旨に賛同いただけるスタッフ関係者集めでした。公演に向けて開催直前まで、そのほとんどがこの関係者集めに時間を費やしていたように思います。

幸い私たちの地域では市内施設やそれに関わる団体があり、障害者支援活動にも応援してくれる企業団体も現れたおかげで、無事実施にこぎつけることができました。公演では障害者に配慮した内容であるが十分に芸術を楽しめる内容を基調としました。結果、演出では字幕の見せ方、場内の設えなどもっとこだわっても良かったと考えています。また、演出効果を抑えた配慮により、音響、照明、特効など公演の主張である特殊効果があまり表現できなかったなど、課題も多く
感じました。

多くの課題と気づきをいただいた本事業でしたが、これまで集客の対象として見過ごしていた障害者を集客の対象と考えることは、自主事業を計画するうえでの新たな発見でした。鑑賞支援サービスは、会館利用として今後も成長させていきたいサービスであり、自信をもってこのサービスを利用者へ提案することができれば、施設利用率の拡大につながり、その延長として地域の文化芸術活動の活性から、活動の継続にもつながっていけばと考える機会となりました。

藤本英一郎
ジーベックホール(府中市文化センター)指定管理者の株式会社賛興代表。同館の舞台機構技術職員として2001年から従事。2006年以降、指定管理者として会館運営業務全般に携わる。自身の経験を活かした舞台企画提案と、地元出身者としてのつながり、ネットワークを活用した「地元愛溢れる」事業企画をおこない、会館運営を通して地域を盛り上げるとともに「次代の文化活動の担い手育成」をテーマに運営業務に取り組んでいる。

村山晴香/いわき芸術文化交流館アリオス

1年目、2年目とつくってきたつながりが、少しずつ来場者というカタチで結実してきているのを感じる1年でした。当劇場主催公演のなかでも親子向けの公演は普段から人気がありますが、障害当事者の方やそのご家族も同様に、子どもが文化芸術に触れる機会を求めていることを改めて感じることができました。

当劇場では主催事業の鑑賞公演に障害者割引等を採用していないこともあり、鑑賞支援サービス公演をご案内しても「公演料が高い」というご意見をいただいていました。障害のある方に限った話ではありませんが、舞台芸術を身近に感じられていない方に対して、お金を支払うだけの価値をどう信じてもらえるのか、という点を課題に感じています。親子向けの公演では、親御さんの「子どもに芸術鑑賞をさせたい」というニーズに働きかけることで、まずは親子で公演を楽しんでもらい、子どもたちが大きくなって劇場に来たいと思った時に、当たり前に自分に必要な支援を受けられる環境をつくれるよう、長い目で鑑賞支援サービスを継続・発展させる必要があると改めて感じました。

今後の課題として、当事者や関係者とのつながりがまだ弱いと感じています。少しずつご来場につながってきてはいるものの、リピーターができるほどには至っていません。顔の見える関係を構築していくことでサービスを一緒に育てていけるような環境をつくりたいと考えています。市内の関係団体とも、お話をすると前向きにご協力くださったり、ご提案いただくこともあるので、「劇場が公演を提供し、観に来ていただく」という関係だけではなく、実施に際してそれぞれの得意分野で活躍できるような協働関係をいかに築けるか、まだまだ取り組むべきことは多いと感じています。

鑑賞支援サービスの実施に取り組むなかで、どうしても鑑賞支援サービスの検討と公演づくりとが別々に動き、「サービスは公演に付随するもの」として扱ってしまう部分があります。主に担当する制作側で話が進み、アーティストとあまり共有できないまま公演に至ることもあり、後になって、実はアーティスト側も知りたがっていたことに気づく、ということもありました。スタッフの役割分担やマンパワーの問題、ツアー公演で実施する際の現実的な共有の難しさなど、課題
は多くありますが、届けたい思いを、届けたい人へ届けるために、この取り組みを継続していきたいと考えています。

村山晴香
新潟県阿賀野市生まれ。2023年(令和5年)4月よりいわき芸術文化交流館アリオス企画協働課 企画制作グループに勤務。

伊藤玲子/荘銀タクト鶴岡(鶴岡市文化会館)

劇場の通常公演のなかにある「鑑賞支援サービス」をどこかで別業務として認識してしまったところがありました。鑑賞支援サービスの担当窓口となったスタッフは1人でしたが、ほかのスタッフとどれだけ意識共有、情報共有できていたか、反省が残ります。スタッフ一人ひとりが自分事として捉えることができれば、公演本体との一体感がより色濃くなったのかもしれないと感じました。また、担当スタッフだけではなく、運営にあたったスタッフ、業務連携した関係者、アーティストをどれだけ巻き込んで事業制作にあたることができるかが重要と感じています。そこを実践していくには、日頃から多様な方が来やすい雰囲気づくりに努め、「日常」として障害者も安心できるような館運営、居場所づくりを心掛けたいと思います。

そして、今回はアーティストの思考に助けられた面が多くあったように感じています。館側の要求や提案に否定的な場面が無く、鑑賞支援の取り組みについて深く理解をいただきました。そういったアーティストのスタンスはポジティブな発信力と音楽に反映され、来場者や観る人が心から音楽、芸術を楽しみ満足できる重要なポイントとなると感じました。この取り組みを通して、少今回は初チャレンジとなる舞台手話通訳と地域の要約筆記団体によるタブレット字幕サービスでしたが、前回の公演からつながりが生まれた福祉関係者とさらに深く関わるカタチで鑑賞支援業務を担っていただけたことは、大変ありがたく思います。また、音楽公演での通訳業務は経験が無いということで不安要素が多々あったと思いますが、たくさんの想像力を巡らせ、本番にあたってくださったことを考えると感謝の気持ちでいっぱいです。そしてこの取り組みに協力くださった市の福祉課職員の方へも感謝したいです。加えて、公演後にたくさんのコメントをくださる当事者の方々と、今後も顔の見えるやりとりをしていきたいと思っています。

最後に、個人的な感想にもなりますが、舞台の手話通訳が一部施されなかったことについて、公演中に、舞台上の声はすべてに手話をつけてほしいと必死に訴える方を目の前にし、鑑賞支援は当事者が心から欲するサポートであること、このサポートがあらゆる環境にない現状、生きづらい環境にあることに改めて気づかされました。一人でも多くの人が素晴らしい文化芸術に触れられる環境を提供できるよう、今後も本事業に取り組んでいきたいと思います。

伊藤玲子
荘銀タクト鶴岡 事業企画 係長。愛知県の芸術大学卒業後、名古屋市の映画館で3年ほど映写機を回す。2003年地元山形にUターン。県内の中学校、高校で美術の教員として12年勤務。2019年、荘銀タクト鶴岡開館年度に入職、現在に至る。主な担当業務は、会館広報紙「タクトしんぶん」の制作、アーティストによる作品を販売する「タクトガチャ」、地元アーティスト応援プロジェクトによる「TACTおとアート」。

本事業では、鑑賞支援サービスの構築と普及を目指し、東北・中国エリアの劇場と連携しながら地域に根差した取り組みを進めてまいりました。研修や体験談の共有は、多くの場合、実践者の経験を「知る」段階にとどまり、実際に直面する課題への具体的な解決策や多様な実施方法を学ぶ機会につながりにくいという課題がありました。また、現場で困難に直面した際に相談できる支援者が不足していることも、取り組みを進めていくうえでの大きな障壁となっています。

こうした課題に対応するため、「伴走型の支援」を意識して事業を進めました。新たに0(ゼロ)から始める場合でも、既存の活動をさらに発展させる場合でも、現場で得られる実践者の経験は非常に貴重です。研修や体験談では伝えきれない具体的なノウハウや細部の工夫を、実際に伴走しながら共有することで、現場が抱える課題に寄り添い、失敗を恐れず挑戦を続けられる環境づくりを目指しました。

本報告書で紹介した各地域の取り組みが、鑑賞支援サービスに関心を持つ多くの方々にとって、新たな一歩を踏み出すための具体的な指針となることを願います。

一般社団法人日本障害者舞台芸術協働機構(JDPA)
代表理事 南部充央

地方劇場の“障害のある人も鑑賞できる環境”モデルをつくる
令和6年度 鑑賞支援サービス 地域スモールモデル構築事業 報告書

発行年月/2025年3月
発行/一般社団法人日本障害者舞台芸術協働機構(JDPA)
企画・編集・執筆・記録/南部充央
取材・執筆/小森利絵(えんを描く)
デザイン/いけながしろう(かえるぐみ)
文化庁委託事業「令和6年度障害者等による文化芸術活動推進事業」
主催/文化庁、一般社団法人日本障害者舞台芸術協働機構(JDPA)

文化庁ロゴ

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